臨床心理士&公認心理師ライターの日記

臨床心理士・公認心理師の資格を取得したライターが、日々の出来事やなんとなく考えたことをつらつらと書くブログです。

【ポートフォリオ】臨床心理士&公認心理師ライターとしての執筆実績まとめ

私、佐藤セイは臨床心理士公認心理師として勤務しながら、ライターとして活動しています。

普段は佐藤セイという個人や心理の専門家としての立場からブログを書いてきましたが、今回はライターとしての執筆実績をまとめました。

 

Webライターとしての佐藤セイ

ライター歴

2018年2月から、Webライターとして活動開始し、現在3年目に突入しました!

クラウドワークスではプロクラウドワーカー認定

・ランサーズではシルバーランク認定

を受けています。

 

crowdworks.jp

 

www.lancers.jp

得意ジャンル

・心理学領域

メンタルヘルスの記事を得意としています。

また、発達障害認知症についても知識を持ち、分かりやすく記事を仕上げることができます。

 

・就活関連

大学生の就活の対策方法やマナー、各業界の現状解説など、様々な資料にあたりながらまとめます。時間のない大学生にも分かりやすい記事を心掛けています。

 

お仕事をご依頼いただく場合

テーマのみのご依頼

約3000文字の記事は1週間以内で執筆可能です。

 

構成案ありのご依頼

約3000字であれば、4日以内には執筆可能です。

 

作業・連絡可能時間

執筆は主に月・水・金に行っております。

また、連絡は24時間以内に返信させていただきます。

 

文字単価

1文字3円~5円

※ご依頼内容により変わります。ご了承ください。

 

過去のライティング実績

cotree(コトリ―)

オンラインカウンセリング・コーチングを提供している企業様のメディアです。

臨床心理士としての専門性を生かして、メンタルヘルス心理療法に関する多数の記事を執筆いたしました。下の記事はその一例となっています。

cotree.jp

・制作期間:1週間

・実施内容:構成案作成、記事執筆、画像選定

 

ARTLOGUE

「アート×〇〇」をテーマにあらゆる角度からアートを見つめ直したメディアです。

「アート×こころ」をテーマとして、芸術療法について私自身の知識と経験からまとめました。

www.artlogue.org

・制作期間:2週間

・実施内容:構成案作成、記事執筆、画像選定 

 

ひなたあきらの公認心理師でポン!

心理職として働きながら、ライターとしての活動を両立するための工夫や考え方について、体験談を書かせていただきました。

hinata.website

 ・制作期間:2日

・実施内容:記事の企画、執筆

 

その他

 守秘義務の都合上、細かな情報は提示できませんが、以下のような無名記事も多数執筆しております。

テーマ 文字数 本数 概要
企業LP記事 750~2000字 400本 企業の商品を紹介するランディングページを作成
大学生活や就活 2000字 200本 大学生活をスムーズに過ごすコツ、就職活動に必要となるマナーや業界情報など
発達障がいや療育 1100字 10本 発達障がいを持つ子どもの療育や生活の工夫についての解説
自然エネルギー 1500字 4本 電力自由化や建築物省エネ法など企業が知っておくべきエネルギー情報を紹介
妊活について 3500~8000字 4本 妊活におすすめの漢方やお茶、サプリを紹介

 

Webライターとして心掛けていること

一次情報に触れる

インターネット上にはたくさんの情報が出回っています。

単に検索上位に出現したメディアを参考にするだけではなく、一次情報をもとに根拠のある記事を執筆します

 

なめらかで読みやすい文章を書く

なめらかで読みやすい文章を書くために、書き上げた文章は音声読み上げソフトで確認し、違和感なく仕上がっているかを確認しています。

 

最後に~佐藤セイに興味を持ってくださった方へ~

最後まで目を通してくださってありがとうございます。

「記事を書いてほしい」

「一度、話を聴きたい」

「Webライターってどうなの?」

という方は、ぜひお気軽に sei.sato1224@gmail.com までご連絡ください。

 

Twitterもやってます。

  

 

確かにある幸せを”普通”と比べて「ない」と感じるのは自己否定につながるって話

家事を頑張った昨日とは一転、今日は何ひとつ頑張れない一日だった。おわり。

 

 

そう書いてしまうのは簡単だ。そして、こういう考え方は自己否定感を強める。

自己肯定感高め隊(?)の私としては、何とか頑張ったこと、良かったことを探してみたいと思う。

 

まず、暑い中買い物に出かけたのはずいぶん偉かった。しかも、3件のスーパーを回り、安い商品をしっかり獲得したのだ。今日の私はハンターである。

薬局のクーポンを忘れて、せっかくの10%オフのチャンスを逃したのは残念だったが、その気持ちをしっかり立て直したことも評価に値する。

 

さらに友人の結婚祝いカードを買うために、片道30分ほど自転車をこいで東急ハンズに行ったのも大変すばらしい。ついバスなどを使いたくなるところを自分に足で行けたのは運動不足解消にもなるし、交通費削減にもつながる。

 

「土曜日だし、いっかー」とお風呂に入りたくない気持ちに打ち勝って、しっかり湯舟に湯を張って入ったのも、身体のことをよくケアしている。

 

「明日にしようかな?」と思っていたメールの返信も早めにできた。

理由をつけて怠けたかった筋トレもした。

 

ちゃんと振り返れば、良かったところはたくさんある。

こういう良かったことを、雑草のように踏みつけて無視するのは、忙しい世の中で効率的なのかもしれないけれど、幸福ではない。

100本のバラでないと幸せになれなければ、幸せの回数がうんと減ってしまう。それは寂しい。私は1本のたんぽぽでも幸せになりたい。

 

 

私の愛読している「アスペルカノジョ」という漫画の7巻に

 

どうすれば成功か どういう形が”普通”か

そんな蜃気楼みたいな遠いゴールを夢見ているから

目の前にあるヒントの塊が見えなくなるんです

毎日一つ一つ起こった問題に対処して

明日も生きられるなら 明日も生きればいいんです

 

というセリフがある。

 

クライエントさんの語りも蜃気楼になっても見えるような、大きくて分かりやすいマジョリティーの言葉ばかりじゃない。

ふと注意が逸れてしまったら、霞んで見えなくなるような、か細くて聴こえなくなるような、そんな声も多い。

それを理解するのは難しいかもしれないけれど、せめて、そこに「ある」ことを無視しないようにしなければと思う。

 

 

 

「ある」を否定されてきたクライエントさんは多い。そして、「ある」を見ないようにしているクライエントさんも多い。

カウンセラーは「ある」を押し付けてはいけないけど、「ない」に逃げてはいけない。確かに「ある」。それをどう扱うか。あるいは今は扱わないか。

 

 

どんなに理解しがたくても、あるものは「ある」。

魅力たっぷりの”普通”に呑まれてはならぬ。バラにはトゲがあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

母にはく奪された「自己肯定感」の免許を取り直すために「自分はどうしたいか」教習に励む日々

今日はずいぶん頑張って家事をした。ペットボトルや缶を捨て、洗濯をして、布団を干した。3月末に引っ越してきてから放置されていた夫の本を片付け(放置してても問題ないなら廃棄してもいいのでは…と思ったけれど)、掃除機をかけ、トイレ掃除をして。

まぁ、普通の家事なんだけれど、「いつかやろう」が溜まっていたので、なかなか大変だった。過去の私め。

 

振り返ってみれば、2月から3月は引越しや転職活動でひいひい言っていた。

4月からはコロナでの自粛で心理の仕事がどうなるか不安だった分、ライティングを多めに受注してフルスロットル、かつ若干の引越しうつ。

5月はオンラインでのスクールカウンセリング業務が始まり、手探り状態だった。

 

ようやっと落ち着いた、ということかもしれない。まぁ緊急事態宣言が解除されて、またスクールカウンセリングの在り方が変わるかもしれないけれど。

 

それでも、自分の居場所を整えられるというのは、心の座りが良くなったということなんだろうと思う。

 

新しい我が家は窓が大きい。掃除した室内で横になって、空を眺めるのは贅沢だ。

いつまでも眺めていたくなる。

 

業務スーパーで買った冷凍うどんをツナマヨ・天かす・めんつゆ・きざみ海苔で食べたら美味しかった。

スマホゲームの「シェフィ」で羊を1000匹集められた。まだ5回に1回くらいしかクリアできないけれど。

家事を頑張ったことを夫に報告して、めいっぱい褒めてもらった。

 

こういう、当たり前に毎日がちっさな幸せで満ちていることが嬉しい。

 

森川すいめいさんの「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」という本で”自分がどうしたいか”を持ち、困っているひとに「どうしますか?」をきかずに「〇〇するよ」と支援の手を差し伸べられることが、自殺やうつ病を減らすと書いていた(と私は勝手に理解している)。

なお、これは余談だが、この本で書かれている「あいさつ程度の緊密ではない関係。でも関わる回数は多い」というのは、どうぶつの森のような世界観ではないかと思う。

だから、人々は楽園を求めるようにどうぶつの森で「つながる」のか。

 

閑話休題

 

カウンセリングでもクライエントの主体性の名の元に「どうしますか?」って聞いてしまうことはある。だけど、専門家として「〇〇しましょう」と押しつけがましさを見せることも時には必要なのかもしれない。

 

とにかく私には「自分がどうしたいか」「自分が何をすれば楽しいか」「自分は何が嫌か」など、「自分」を主語にした思考に慣れなければいけないなぁと思う。

つい「他人」を主語にしてしまい、責任から逃れたくなってしまうから。でも、人生の責任から逃れて最終的に苦しむのはやっぱり自分だ。

 

自己肯定感はまだまだないけれど、夫による圧倒的な肯定で上塗りされている。

私にとっての自己肯定感(仮)は「私の中にどれだけ夫をリアルに刻んでおけるか」ということだ。

 

それでも、母からの否定的な言葉で、その積み重ねられてきた肯定が吹き飛んでしまったこともある。母からの否定の方が圧倒的な生々しさとリアルさを持っているからだ。

 

「肯定的なことを言ってくれる人と一緒にいましょう」

「否定的なことを言うお母さんからは離れましょう」

 

「お母さんを失うのは悲しいことで、そしてお母さんがお母さんとして機能しなかったのは腹立たしく恨めしいこと。でも、もうお母さんがいなくても自分で人生は決められるんだよ」

 

それがカウンセラーである私から、クライエントである私への押し付けがましさかもしれない。

毎日、仮免許のような「自己肯定感」で、夫という教官と共に世界を歩いている。

 

 

 

 

日本は「甘え」文化だから、働き方改革の「高度プロフェッショナル制度」を採用するのは危ないんじゃないかという話

最近では、働き方改革の中での「高度プロフェッショナル制度」がメディアを騒がせています。

賛否両論ある「高度プロフェッショナル制度」ですが、いったいどのようなものか、どのような心理が働いているのかを自分なりに考えてみました。

 

 

 

1.働き方改革の表向きの目的は「多様な働き方を選択できる社会の実現」

働き方改革は「多様な働き方を選択できる社会の実現」が目的とされています。

どういうことかと言うと、日本では少子化高齢化が進み、労働人口が減少しています。

フルタイムで働ける人はどんどん減っているのに、現状のままではパートの人は待遇が悪く、働く気持ちも起きません。

また、長時間労働も問題視され続けています。長時間労働は病気や怪我、過労死によって労働できる人を減らしてしまうものですから、当人の生活にも悪い影響を与えるだけでなく、日本の労働力を減らしてしまうことに他ならないのです。

 

だからこそ、

 

時間外労働の上限規制長時間労働を規制する

同一労働同一賃金:同じ仕事をしているなら、正規雇用でも非正規雇用でも同じ待遇をするよ

 

という二本柱を打ち立てて注目されてきました。

 

 

2.働き方改革は「労働力の搾取」を目指している

これだけなら、「働き方改革ってなんだか良さそう」という風に思われますが、結局のところ、働き方改革は「労働力の搾取」です。

 

2-1.同一労働同一賃金正規雇用非正規雇用の待遇に落とす「平等」だった

同一賃金同一労働は「平等」になるように思われました。

しかし、日本郵政の動きによって、みんなが期待していた「非正規雇用の人の待遇が正規雇用のレベルに上がる」のではなく、「正規雇用の待遇が非正規雇用の待遇まで下がってしまう」ことが、明らかになってしまいました。

マイナスの方向に「平等」だったのです。

おそらく他の企業もこの前例に倣うのではないか、と感じさせる出来事でした。

 

2-2.時間外労働の上限規制の抜け道が「高度プロフェッショナル制度

 

時間外労働の上限規制も、色々と取沙汰されましたが「高度プロフェッショナル制度」によって一気に破壊されました。

なぜなら、この動きは「特別条項付き36協定」とほぼ同じようなものだからです。

 

労働基準法では「労働時間の上限は週40時間、1日8時間」と決まっています。

このままでは残業は違法になってしまいますが、労働基準法36条により、

 

企業と労働者が協定を結べば、上限を超えた残業や休日出勤ができる

 

という内容が記載されているため、36協定を結んだ場合、違法ではなくなるのです。

しかし、単に36協定を結んでも月45時間が残業の上限となっています。

 

「じゃあなんで、過労死とか起きているんだ!?」という原因が、「特別条項付き36協定」です。

「特別条項付き36協定」を企業と労働者の代表が結ぶことで、「特別の事情」があるときには、その上限をも超えた残業を行わせることができるようになりました。

しかし、「特別の事情」の条件は非常に曖昧であり、長時間労働の原因になっていました。

労働基準法が定める労働時間なんて全然守られなくなったのです。

 

高度プロフェッショナル制度」も、そういった抜け道になることが懸念されているのです。

 

3.日本の「甘え」文化は残業を減らせない

3-1.日本の企業は「家族」的な甘えが強いため、いつまでも残業が減らない

日本の企業はものすごく甘えが強いです。

労働契約は、労働者が会社からの支払いの対価として、労働力を提供してあげようというものです。

それなのに、会社は「これくらいやってくれるよね」という「甘え」で契約内容を超えた仕事を労働者にぽんぽん投げてきます。

また、労働者の側も「これくらいならやってあげよう」と契約の枠を守る意識が薄いため、請け負ってしまいます。これもまた「甘え」です。

でも「甘え」は、いつの間にか「当たり前」になるのか常です。

気づけば、そういった「甘え」を前提とした仕事量が普通になり、労働者は残業ベースの働き方を余儀なくされるのです。

 

3-2.日本の「甘え」文化での意思の表明は難しい

また、残業を断ることは法的に問題がなかろうと、心理的に難しいのが現実です。

それは日本人が空気を読んだり、協調性を重んじたりしているからです。

…と、言えば聞こえが良いのですが、要するに「出る杭は絶対に打つ」のです。

打つだけなら良いですが、出る杭はそのまま引っこ抜いて打ち捨てるくらいの勢いです。

「甘え」の文化では、「甘え」に乗らない人に対して非人道的になってしまうのです。

 

4.残業を減らすために高度プロフェッショナル制度で働く人に仕事が行く?

働き方改革で時間外労働の上限規制を行った上で、高度プロフェッショナル労働制を取り入れるとどうなるか。

仕事量自体が減るわけではありませんので、一般の労働者が残業をしない分、誰かが肩代わりしないといけません。

そこに働かせ放題の高度プロフェッショナル制度で働く労働者がいれば、そこに残業分のしわ寄せが行くのは自然な流れではないでしょうか。

そこには「でも、お前、その分高い給料もらってるんだろ」という「甘え」が潜むはずです。

しかも、法的に問題はないのですから。

 

 

5.自分を主体的に持てば利用しやすい制度かも

働き方改革は危ない部分は多いです。

だけど、そもそも色々な労働問題が起こるのには、労働者の無知にも問題があります。

自分の身体を自分で守る意識の低さ、要するに「甘え」があります。

高度プロフェッショナル制度も、労働者が「NO!」をしっかり言えるのであれば悪くない制度ではあります。

政府から働き方を改革してもらえるのを期待するのではなく、1人1人が自分の人生や働き方をよく考えて見つめ直す機会なのではないかな?と思います。

 

 

「甘え」の構造 [増補普及版]

「甘え」の構造 [増補普及版]

 

 

京都大学の学生いじり(通称:京大生ハラスメント)について苦言を申し上げる

 

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私は京都大学に入学してから、京都大学を卒業して数年経つ現在になってもなおのこと悩まされているのが京都大学の学生いじり、通称:京大生ハラスメントである。

今回はその京大生ハラスメントの実態について苦言を申し上げたく筆をとった次第である。

 

1.京大生?!めっちゃ賢いんですねハラスメント

私が京都大学卒であることを明かすと「京大生?!めっちゃ賢いんですねー」と言われることが多々ある。

褒められているとはわかっているが、その言葉にどう反応すればいいのか非常に困る。

「いや~それほどでも~」とクレヨンしんちゃんのごとく対応するのは、自虐風自慢のように見えないでもないし、

かといって、「そうなんです!めっちゃ賢いんです!」というのも憚られる。

どう対応していいか、トンとわからない。

 

ついでに、仕事の説明で「まぁこんなこと、説明しなくても京大生だったらわかりますよね」と言われたり、質問にちょっと考えて答えると「さすが京大生!」と言われたり、事あるごとに言われるのでどうすればいいのかわからない。

 

どうしてほしいのか、どう答えるのが正解が導いてほしい。

 

2.京大生なのにこんなこともできないの?ハラスメント

これは私がバイトをしていた時のことだが、バイトを始めて数週間でまだ右往左往していた頃、バイトの先輩に「京大生なのに、こんなことも分からないの?頭使って」と言われたことがある。

 

京大生はそんなに万能ではないし、そもそもその作業は習っていない。

 

習っていることを思い出す頭と、無から有を作り出す頭は全く異なるものだ。

そんなことができるなら、私はバイトせずに自分で思いついたノウハウをもとにすぐさま起業するだろう。あるいはノーベル賞を目指すか。

 

一番、精神的に苦痛かつ、生産性を下げるハラスメントである。

 

3.京大生だったら変人なんでしょハラスメント

京大生は変人だと思われがちである。

一部の際立って特徴的な京大生がメディアに取り上げられがちだからである。

そういう人が歩いていても、大学構内にヤギや孔雀が徘徊していても、もはや何も思わなくっている段階で京大生はみんな変なのかもしれないが、おおよその京大生は、他の大学生と変わりない。

 

サークルに入って、飲み会をして、ウェイウェイ言っているだけだ。

 

これは「関西人なら面白いこと言えるんでしょハラスメント」と同じく、完全な偏見のもとで成り立っているので是正していただきたいものだ。

 

4.京大生は闘争しがちハラスメント

今年だけでも京都大学は入試時期の百万遍の炬燵に始まり、立て看板闘争を繰り広げていることがニュースになっている。

なんだか争っているところばかりで、残念な気持ちになる。

 

京大生は別に闘争したいわけではなく「自由の学風」の名の通り、ただ自由に暮らしたいだけだ。管理されるのが嫌いなのだ。その手段としての闘争である。

それを京都大学当局が邪魔するのであれば闘うし、政治が妨害するのであれば争うし、という程度。ただその闘い方は人による。

ぶつかりあうこともあれば、ユーモアや皮肉で応じることもあるし、無視することもある。生活の中のある程度の「スパイス」のようなものだ。

基本的に自分から闘いに行くことはないので、そんなに怖がらないでほしいと思う。1つの祭り程度に見守ってくれればいい(石垣カフェもそんな闘争を祭りとして楽しむ気持ちから生まれた)。

 

まぁ、立て看板に関してはずっと街に当たり前に存在していたのに、何がいまさら景観を損なうのかと思うけれど。

ずっとその景観が普通だったし、観光名所化していたのに。別に三条や四条みたいに、昔ながらの京都を残す風景でもないのにおかしなことを言う。

そういう「あれれ~おかしいぞ~」に敏感なのである。

 

5.京大生ハラスメントも「京都大学」たるゆえん

ここまで京大生ハラスメントについて苦言を申し上げた。

ただ、自分が京大生、京大卒であることに変な自尊心があるからこそ「ハラスメント」と感じるのではないか、と思う部分もある。

そしてここまでの京大生ハラスメントを受けることで、自分が「京都大学」の一員であること、あるいは京都大学の一員であったことを再認識し、刻みつけられていったようにも思う。そこに喜びや嬉しさが混じっていなかったと言えば嘘になるのが本音だ。

 

そして京大生ハラスメントなど言いながら、京大卒の恩恵を受けていると色々な場面で感じているので、まぁ「京大」の両価性を受け入れることも必要なのだろうなと思う次第である。

 

それだけ、京都大学は人生に大きな影響を与える大学なのである。

 

「娘へ ~将来死にたくなったらコイツを読め~ 元ジャンプ作家が育児に精を出してみた」を読んで

 

 私は鈴木信也先生の「ミスターフルスイング」が、初めて全巻集めた漫画なんですよね。たまたま散髪屋に置いてあった週刊少年ジャンプに掲載されていた、兎丸比乃自作の「月をみる人」というゲームをみんなでやってみる回を初めて読んで、めっちゃ面白くて買い始めたのです。

 

なぜかミスフル内で頻発されていた「たらちゃん」というワードにも、地味にハマっていて、同じミスフル好きの友人と「それはたらちゃんだ」「いやマスオさんだ」と謎の会話をしていました…。

 

大学時代にはジャンプに載っていた「バリハケン」も読んでいましたね。

 

そんな私も今やアラサー既婚になり、実家のミスフルも親に断捨離されるという憂き目に遭いましたが、鈴木信也先生の新たな本に出会えて、とても嬉しいです。

 

父親目線の育児エッセイで、「父親の背中とは」「子供の性教育はどうすれば」「不妊について」「マタニティマークについて」「ベビーカーの人権」など色々なテーマについて、迷いながらも考えて進むしかない、という肩肘張らない感じがとても良い本だと思いました。

あと独身時代の自分を振り返って比較する場面も多くて、子供がいない人の感じ方、そして子供がいる人の感じ方両方に気づくことができるのもいいな、と感じています。

 

あと、ミスフルの頃から絵のタッチが変わってなくて、驚き顔にめっちゃなつかしさを覚えます(笑)

 

これをきっかけにミスフル、アニメ化しないかな~。

 

GW最終日に思う仕事へのストレスと「死にたい」気持ち

 

仕事に対して過剰なストレスを感じるということ

ゴールデンウィークが終わる

ゴールデンウィークが終わろうとしています。

 

Twitterでは「GW終わってうつ」「明日から仕事とか泣きそう」などの声を見かけますが、私が思うのは

 

仕事にそんなにストレス感じてる状態はヤバいのでは?!

 

ってことです。

 

サザエさん症候群」になるのは平日に麻痺した心の機能が戻っているだけ

 

Twitterでもつぶやいたんですが、

 

働いている間は連日の仕事のために脳も疲れてるし、ストレスに対して心が無になっている部分あると思うんですよね。

無にしないとやっていられないというか。

それで心が守られている部分も、もちろんあると思うんですけど、ストレス自体がなくなっているわけではないので蓄積していく可能性があります。

 

ストレスという暗殺者から身を守る

気づかないうちにたまったストレスは死につながりうる

 

汐街コナさんの"「死ぬくらいなら仕事辞めれば」が出来ない理由"という本が流行っていますが、希死念慮って突然来るというよりは、いつの間にか「死」がじわじわと頭をよぎっていくんですよね。

そして疲れから脳機能も低下して、「死」しか考えられなくなるという怖い状態。

ストレス社会と呼ばれる日本で、過労死や自殺は特別ではないんです。

 

 

 

「死にたい」と思うとき

「死にたい」というと「縁起でもない」など言われたり、「大げさ」と言われたりします。

家族や恋人、友人など親しい人であればあるほど心配かけたくなくて言えないこともあります(いじめもそうですが)。

また、「死にたい」に対しての解決ってなかなか見つからない(すぐ見つかるなら自分で解決している)ので、相談される側にはものすごい精神的負担がかかります。

最初は真剣に聞いてくれていても、途中でつらくなって「もう聞きたくない」と投げ出されることもあります。

それによって傷ついて、さらに死にたくなったり、行動を起こしてしまったり。

 

だからこそ、専門家に頼ってほしいのです。精神科や心療内科ってそんなに怖いところではありません。

カウンセラーも「こんな暗い話…」と思わず相談してくれて構わないのです。

むしろ、そういう身近に人に話せないことがあるからこそ、わざわざカウンセラーという仕事があるんですから、カウンセラーとしてはむしろ大歓迎です。

電話相談も色々ありますし、メール相談もあります。

とにかく自分以外の視点で物事をとらえてくれる人に話をして、視界を広げるのがおすすめです。

 

おわりに 仕事で得たいものを見つめて働く

仕事は人生のすべてではありません。

何のために働いているのか見直してみてはいかがでしょうか。

当たり前を壊していこう!